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あの石碑にこんな意味が…?川越城七不思議めぐり

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川越城の周辺には、城にまつわる様々な伝承や逸話が遺されています。今回は「川越城七不思議」スポットをめぐりつつ、地元に伝わる不思議なお話をご紹介していきます。
※昔話の内容は、文献によって多少異なります。

川越城の基礎知識

川越城(河越城)は、1457年に太田道真・道灌親子が築城したものです。
最盛期には総建坪が1025坪にも上りましたが、明治4年の廃藩置県によって解体され、現在はその一部だけが残されています。

東日本では唯一現存している本丸御殿で、2006年には日本100名城に選定されました。

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七不思議めぐりマップ

めぐる順番は特に決められていません。
今回は
養寿院→川越市立博物館→川越城本丸御殿→三芳野神社→浮島稲荷神社
の順でまわっていきます。

七不思議1.【養寿院】城中蹄(ひづめ)の音

 


養寿院。寛元元年(1243年)に建立したお寺です。

江戸時代初期、酒井重忠が川越城の城主だった時のこと。

どういうわけか、夜になるとどこからともなく城内に矢叫び(やさけび / 矢を射当てたとき、射手が声をあげること)や蹄の音が鳴り響くので、重忠は眠れない夜を過ごしていました。

そのようなことが毎晩のように続くため、悩んだ重忠は易者に占ってもらうことに。

易者は告げました。
「城内のどこかにある、戦争の図が災いしている」

重忠は家臣に命じ、城の土蔵を調べさせました。
すると易者の言う通り、堀川夜討の戦いを描いた一双の屏風絵が出てきたのです。

重忠はこの屏風の半双を引き離し、養寿院に寄進しました。
その夜から、矢叫や蹄の音は聞こえなくなったといわれています。

ちなみにこの屏風絵は、今も養寿院の秘蔵として残っているそうです。

七不思議2.【川越市立博物館】霧吹きの井戸


川越市立博物館のエントランスにある「霧吹きの井戸」。

川越城の敷地内には、常に蓋をされている、苔の蒸した大きな井戸がありました。

その井戸の蓋が外されるのは、戦中に城がピンチに陥ったとき。
ひとたびその蓋を取れば、中から霧がもうもうと吹き出し、辺り一面に立ち込めて、城を覆い隠してしまうのです。

あまりの濃霧に城が見えなくなり、敵は仕方なく撤退していったとか。

このことから、川越城は「霧隠城(きりがくれじょう)」とも呼ばれていたと言われています。

七不思議3. 天神洗足(てんじんみたらい)の井水(せいすい)


川越市役所の前に立つ、太田道灌の像。

川越城を築城するにあたり、太田道真・道灌親子は毎日のように堀の水源を探し回っていました。
そんなある日、2人は井水で足を洗っている一人の老人に出会います。

この老人の案内により、道灌は無事に水源を確保。
難攻不落の川越城を築くことができたと言われています。

その後、道灌は「あの老人の気品に溢れた姿は、日頃から信仰している三芳野天神様の化身だったにちがいない」と考えました。
以来、彼は老人の浸かっていた井水を「天神洗足の井水」と名付け、大切に後の世まで伝えることにしたそうです。

この水源のあった場所については、城内の清水御門の辺りとする説や、三芳野神社付近とする説もあります。

七不思議4. 遊女川(よなかわ)の小石供養

ある日、川越城の若侍が、お殿様の鷹狩りのお供のため、芳野村を訪れました。

若侍は、その村の名主の娘・およねの美しさに一目ぼれ。
やがて縁あって、彼はおよねを嫁にもらうことになりました。

ところが、その幸せはすぐに壊されてしまいます。
武士の家に嫁いだおよねは、その慣れない日常と口うるさい姑に、どんどんストレスを溜め込んでいきました。
そして、姑にいびられた挙句、ついに彼女は実家に帰されてしまいます。

およねは自分の運命を悲しみ、夫を求めて、彼と初めて出会った小川へ向かいました。
しかし、ついに夫と会うことは叶わず、そのまま小川の淵へ身を投げてしまったのです。

この事実を知った夫は、毎日のように小川へ行き、およねを探して叫び続けました。
そうしているうちに、川底から浮かんでくる泡の音が、およねの返事のように聞こえてくるようになり、夫も小川に身を投げてしまいます。

その後、二人を哀れに思った人々が、小石を拾って川へ投げ込むようになりました。
すると、まるで返事をするかのように、川底から無数の泡が浮いてきたそうです。

やがて、この川は「よな川」と呼ばれるようになりました。
その由来は、「およね」の名前から来ているとも、夜な夜な泣く声が聞こえるからとも言われています。

七不思議5.【三芳野神社】初雁の杉


三芳野神社の本殿の裏にある石碑。現在の杉は3代目です。

むかし、三芳野神社の裏にはとても見事な杉の木が立っていました。

いつの頃からでしょうか。
この神社には、毎年決まった時期に初雁が飛来するようになりました。
雁たちは杉の真上で三声鳴きながら三度回って、南の方角へと飛び去っていったそうです。

この光景は毎年見られ、いつしかこの杉は「初雁の杉」と呼ばれるようになりました。
また、当時は初雁の杉が川越城内にあったことから、川越城は別名「初雁城」とも呼ばれています。

より詳しい解説はこちら

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七不思議6.【浮島稲荷神社】片葉(かたば)の葦(あし)


浮島稲荷神社の境内にある、「片葉の葦」の碑。

川越城が敵に攻められ、落城する寸前のこと。
城に住んでいた姫は乳母に連れられ、どうにか城から逃げのびました。

2人が行きついた先は、城から少し離れた浮島神社の裏側、「七ツ釜(ななつかま)」と呼ばれる沼地。
当時この一帯には、萱(かや)や葦が密生していました。

命からがら逃げてきた2人でしたが、姫はこの場所で誤って足を踏み外し、沼に落ちてしまいます。

年老いた乳母の力では、溺れた姫を助けることができなかったため、姫は川辺の葦を掴み、必死に這い上がろうとしました。
しかし、葦の葉がちぎれてしまい、彼女はその葉を握ったまま水底へと沈んでいったそうです。

その姫の恨みゆえか、この辺りに生える葦は、どれも片葉であると言われています。

七不思議7. 人身御供(ひとみごくう)

「七ツ釜」という沼地があるなど、地盤の緩い川越城周辺。
築城の際、太田道真・道灌親子は思うように土塁が造れず、苦心したと言われています。

そんなある晩、道真の夢枕に龍神が立ち、こう告げました。
「明日の朝、一番早く汝のもとに参った者を人身御供として差し出せば、築城は成就するだろう」

道真は、城のために龍神のお告げを守ろうと決意します。

ところが、明朝一番に彼のもとを訪れたのは、最愛の娘・世禰姫(よねひめ)でした。

さすがの道真もためらいましたが、娘に龍神の話を打ち明けます。
すると世禰姫は、「私も同じ夢を見ました。これは龍神様のお告げなのでしょう。たくさんの人のためになるのなら、私はいけにえになります」と言い残し、周囲の制止を振り切って七ツ釜へ身を投げてしまいました。

この尊い犠牲のためか、川越城はまもなく完成したと言われています。

 

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